「出来ない理由」が消し飛ぶ自己肯定感

どもども、ギターのまさです。

ライブ狂喜乱舞まで残り三週間と迫ってきてケツに火が着いて急ぎで書いてる。

ひさびさに、哲学系いきたくなったので少し。

以前書いた記事で「俺は自己愛がわからん」という記事を書いた。↓

しかし、一方で自己否定したこともなかった。

自己愛は無いが、自己肯定感があったらしい。

それが最近判明したのでその考え方を書いていく。

自己肯定感があると「出来ない理由」がなくなる

○○のせいでやりたいことができないっていう人見かける。

○○の中には何でも入る。

たとえば

「歳だから…」とか「時間が無くって…」とか。よく耳にしますよね。

しかし、最初っから全部持ってるやつなぞおらんぞ。

というか、逆に聞こう。

若かったらできたんか? 若かったとき別にやりたいことじゃなかったんやろ?

金があったらできたんか? その金使いきったらまた無理って言うんじゃないのか?

時間があったらできたんか? この記事読むひま無い人はここにいないはず。

若い時はいろんな制限にひっかかるし、金がありゃ生活水準上がってなかなか使えんだろうし、時間はみな平等だ。

もうそろそろ認めたらどうだろうか。出来ないのは自分が自分だからだ。

でも、それは全然悪いことじゃない。

今の自分に正直になるとやりたいことにも正直になれる。そっちの方が楽しいし楽だと思う。

つまり、人生における挑戦を楽に楽しめるようになるのだ。

これが自己肯定感というものらしい。

具体的にどんな捉え方なのか

では、自称・自己肯定感がある俺はどういう捉え方になるかというと…

若くないから無理→ ○代からはじめる○○みたいなコンテンツやったらおもろくね?

金が無いから無理→ やりたいことで稼ぐビジネス作りの過程をエンタメにしたらおもろくね?

時間無いから無理→ 幸せな隙間時間の過ごし方みたいな本出したらおもろくね?

ザッとこんな感じかな。

基本おもろいかどうかである。

もはや、自分の現在地を楽しんでしまっている。

この考え方の根本は「○○が無いからこそ面白くね?」という概念。

普通に現時点の自分に正直になる。

すると、あら不思議。

今の自分にしかできない面白いことが見つかる、という順番。

だって、若さとかさ。

若い時の自分がやりたがってないのよ?若返ったところで絶対それやりたいことじゃないでしょ。

今の自分がやりたいことって過去の自分にとって不可能なことではないか?逆に。

まとめ ここまで読んでもらってなんですが…

でも、これ無理だろうなー。

正直、参考にもならんと思うw。

俺は人生で気が合う人の方が少なかったから。

「俺の世界には俺しかいない」くらい伝わらん内容だと思う。

(↑読み返したらテンポよくて良い記事だった)

まぁ、でもなんとなく言いたいことは伝わったのではなかろうか。

自己愛のカケラもない俺だが自己肯定感だけはあった、という話でした。

んー、それにしても自己愛って何なのか気になるなぁ。

 

 

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